建設業法を利用した債権回収
建設業法を利用した債権回収
建設業を営む会社の社長さんが,法律事務所を訪れました。
うちの会社は,大手建設会社の下請建設会社Y社から多数の孫請工事を請け負ってきます。今は,トラブルのため,Y社からの受注を断っている状況です。
Y社は,最初こそ工事の発注書を発行しますが,追加変更工事が発生しても,一切発注書を発行してくれませんでした。
しかも発注書の金額は,こちらが見積もった金額を理由無く3割カットした金額であり,これでは利益は1円も出ないばかりか,むしろ赤字となります。
担当者は,あとできちんと埋め合わせをするから安心しろ,これが正式な代金額ではない,と再三説明しますが,何度も請求書を送っているのに請求書記載の金額の半分すら支払わないので,全く信用できません。
工事が完了してから3か月経過しても待ってくれと言うばかりで一向に支払をしてくれません。
請求額も500万円を超えています。一体,どうしたらいいでしょうか。
建設業法による保護
弁護士 Y社は,建設業法を完全に無視しているようです。
社長 法律違反をしているんですか。ひどいとは言っても,違法行為をされているとまでは思っていませんでした。
弁護士 建設業法では,各種の下請保護のルールが定められています。
①見積条件を提示すること(20条3項)
下請人に見積をさせる場合には,工事内容を具体的に提示しなければならないし,必要な見積期間を確保しなければなりません。
②書面による契約締結(18条,19条1項2項,19条の3)
下請工事の着工前に,建設業法所定の事項を記載した書面で契約を締結する必要があります。契約書の形でなくとも,工事代金等を記載した書面の取り交わしが求められます。
社長 ②はびっくりしました。我々は,よっぽど大手の仕事以外は,契約書など作ったことが無いからです。口頭でやったり,簡単な注文書1本だけだったりします。
弁護士 法律上は違法だということです。慣習は言い訳になりません。次のような保護規定もあります。
③不当に低い請負代金禁止(19条の3)
元請負人が,取引上の地位を不当に利用して,通常必要と認められる原価に満たない金額を請負代金とする契約を締結することは禁止されています。
社長 相手方が発注書でこちらの見積を3割カットした金額を記載していても,原価に満たない場合は,違法ということですね。
弁護士 そうです。
④指値発注の禁止(18条,19条1項,19条の3,20条3項)
また,元請負人が,一方的に決めた金額で下請契約を締結させることは禁止されています。御社のケースでは,これにも該当する可能性があります。
⑤やりなおし工事の下請負人負担の禁止(18条,19条2項,19条の3)
なお,下請負人の非が無く工事がやりなおしになってしまった場合,下請負人にやりなおし分の費用の負担させてはいけません。
⑥支払留保の禁止(24条の3,24条の5)
元請負人の完成確認検査及び引渡が終了したのに,下請代金を支払わないことは違法です。
社長 なるほど。⑥の違反は明らかです。今後,どういう対処が可能ですか。
建設業法違反の効果
弁護士 実は,建設業法に違反しているから直ちにY社から適切な代金が払ってもらえるというものではありません。本来は,裁判で訴えて判決をとるという通常訴訟の手続をとる必要があります。
ただ,普通の債権回収と異なるのは,行政の力を借りることができるということです。
社長 どういうことでしょうか?
弁護士 具体的には,建設業違反を県に申告し,県から相手先に調査をしてもらい,指導・助言・勧告をしてもらうことができます。これが相手先への圧力となります。
社長 なるほど,こういうことを通して,債権回収を促すということですか。
弁護士 建設業法違反によっては,公共事業の指名停止処分を受けるものもありますので,相手先が公共事業をしているようなケースでは効果があります。また,場合によっては,独占禁止法違反にもあたるということで公正取引委員会から勧告等の処分を引き出すことも可能かもしれません。
社長 債権回収は半分諦めていましたが,頑張ってみようと思います。
どうしても払わない場合
弁護士 そうですね。もちろん,これらの手続で相手が支払に応じなければ,最終的には裁判しかありません。ただ,今回のようにちゃんと値段がはっきりしない工事の代金については,争いになりそうですので,Y社の幹部・担当者と話をする機会をもうけ,代金額についての相手方の言い分を録音する等して証拠保全に努めるべきです。
社長 分かりました。早速とりかかります。
建設業以外でも,下請業務については様々な保護法があります。したがって,これらの保護規定を有効活用すれば債権回収につなげることができるかもしれません。
※記事が書かれた時点の法令や判例を前提としています。法令の改廃や判例の変更等により結論が変わる可能性がありますので、実際の事件においては、その都度弁護士にご相談を下さい。