旅館の大浴場やスーパーで転んだら、お店に対して損害賠償の請求はできますか?
ご回答
今から約20年前に、ニュースか雑誌で、アメリカで、レストラン店内において、落ちていたバナナの皮を踏んで転んだため大けがをしたので、損害賠償請求訴訟を起こしたという報道を見聞きし、アメリカの強烈な訴訟社会の現実に唖然としたことがあります。日本では、このような訴訟は考えられないと思っていました。
実は、そんな頃、知人から電話で、子供が温泉地で湯船に入る途中で、滑って怪我をしたが、旅館への損害賠償請求はできないだろうか、と相談されました。浴場には「滑りやすいのでご注意ください。」との貼り紙もされていたし、通常温泉の床面は、ぬるぬるして滑りやすいのが普通だと思っていたので、とても損害賠償請求は認められないと思い、そのように答えたことがあります。
しかし、もっと詳しく、怪我を負った前後の詳しい状況、温泉施設が事故防止への対応・対策措置を取っていたか等を、尋ねるべきだったと反省しています。脱衣場から湯船に入る途中の床の材質(滑りやすいか否か)、さらには、滑らないように床にマットなどを設置していたか、泉質は特に滑りやすいものではなかったか、滑り止めの注意喚起の案内がどの程度丁寧であったか、など安全配慮義務違反を疑わせる事情の有無を、調査する必要があります。
裁判例では、旭川地裁が施設側の過失を認めなかった事例がありますが、そのような事故発生の可能性が予測でき、この事態が発生しない対策が取り得た場合には、損害賠償責任を認めている事例があるようです。
お母様がスーパーで転んで怪我をした事例も、同じような論点がありますし、裁判例も意外とたくさんあります。
スーパーで、会計待ちで並んでいた客が、通路に落ちていたカボチャの天ぷらを踏んで、足を滑らせ右ひざの靱帯損傷などの怪我をした事例で、東京地裁は、「天ぷらがレジ前の通路に落下することは予見できた」と認定し、約57万円の賠償を店側に命じました。ただし、この判決については、その後控訴され、東京高裁は、一審判決を取り消し、男性の請求を棄却しました。問題の天ぷらは、レジ前通路にあり、落としたのは従業員ではなく同店の利用客と認定したためです。
ただ、今年7月、東京地裁で、百貨店に対して損害賠償を求めた事例で、野菜売り場でサニーレタスの水が床に垂れたため転倒の危険が生じた、として、この点は予見できて、防止措置も講じられたとして、約2180万円の支払いを命じました。控訴されても、簡単には逆転しないかもしれません。
日本もアメリカ並みになってきたな、との印象を持ちます。
月刊東海財界2021年12月号掲載
※記事が書かれた時点の法令や判例を前提としています。法令の改廃や判例の変更等により結論が変わる可能性がありますので、実際の事件においては、その都度弁護士にご相談を下さい。